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March 17, 2007

立川志の輔独演会/ブロッサム中央会館

○千早振る    志の春
○踊るファックス   志の輔
~中入り~
○柳田格之進    志の輔

「柳田格之進」は、いきなり五十両がなくなったところから始まります。すぐに番頭の口から「柳田様」と出てくるのでわかるのですが、ちょっとびっくりです。
しかしそこにはなにか訳があるに違いない。貧しい浪人の柳田が、ふとしたことから碁好きの大店の主に出会い、いけない、いけないと思いながらも碁を打ちに通うところをすっぱり端折ってじっくり演ろうとしているのはどこなのか。

それも間もなく出てきます。ふたりが碁を打っているところに届けた五十両がなくなったのを、柳田の仕業と疑う番頭が柳田を問い詰めるところ。その柳田の応答です。柳田についての説明は、貧しいということ以外それまで一切ないのに、ここで柳田がどういう人物であるかが観客にはわかります。そのため、番頭も少し狡猾、軽率にデフォルメされていますが、柳田は金を盗ってはいない。誇り高く、言い訳をせず、きっぱりとした気性です。人望もあり、剣の腕も立つと思われます。

志の輔の「柳田格之進」はこのように、あくまでも客観的にしか描写されません。彼がひとりごちたりする場面はないのです。その気性について補うのは、濡れ衣に切腹するであろう父の心を見越して、五十両を整えるため吉原に身を売ろうと申し出る娘でした。彼女はこういいます。「父上の、武士のお志は商人にはわかりません。」

年が明けて、仕官を果たして見違えるように立派な拵えになった柳田が、まだ娘を吉原に置いたままであることや、ハッピーエンドとなってその娘が番頭と一緒になったりする理不尽な筋書きも直されていました。失せた五十両は店側の粗相だったことがわかって、柳田が主人と番頭の首を切ろうとし、それをしないとき、そばにいる娘が父と二人を赦します。硬骨漢柳田格之進は、娘を軸にして心根を見せるのです。本当に見事です。(texted by brary)

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March 14, 2007

志らくのピンPARTⅢ/内幸町ホール/2007/3/13

「文七元結」です。今夜はこの「文七元結」についてぜひ書かねばなりません。すばらしい。志らくの軽さが最高によい形で出たと思います。

《演目》
○浮世根問   志ら乃
○洒落小町   志らく
○三軒長屋   志らく
~中入り~
○目薬・義眼バージョン  志らく
○文七元結   志らく
  
まず何がよいといって、人物設定の大変クリアなところ。佐野槌のおかみが特段によい。彼女は人物です。話は博打にかまけて仕事をしない左官の長兵衛の娘お久が、吉原に自ら身を売るところから始まるわけですが、彼女を請け負ったおかみの度量がとても大きいので、まず大晦日までお久の身が安泰であることに安心できる。つまり長兵衛が受け取った五十両は、お久の身売りの金ではなく、彼女をかたにとった借金である。安泰だが厳しいお金です。

そして吾妻橋の場面。長兵衛が江戸っ子の見得で、掛取りの五十両をなくして身投げしようとする文七に懐の五十両をくれてやるという「見せ場」なわけですが、ここがいいんですよ。「見せ場」にしない。あたりを震撼とさせたりしない。長兵衛と文七のやりとりはむしろ喜劇で、長兵衛は何とかしてやりたいが、いきなり五十両を渡さない。その金の値切り方のいいこと。しかし長兵衛のそそっかしくて何とも説明のつかない江戸っ子なところが存分に出る。

夫婦で着物が一枚しかないような、それで娘が吉原に身を投じるような話であるのに、陰惨さはひとつもなくて、何でまたかっきり五十両なんだというようなご都合主義の展開を上手にすくいながら、無理やりな人情はカットしています。しかしながら、カラっとした人情のおかしさが聞き手を幸せにする。
地口で締めずに、「吾妻橋で鐘を放ったのが最後の博打だった」という新たな下げは必ずしも成功していませんが、この「文七元結」は、彼の演目では「富久」に匹敵するものでした。久々に、おなかに電球のともる落語を聴きました。この落語は志らくでしかできないと思います。
もうひとつ、「目薬・義眼バージョン」は全編何のストーリーもない。実にくだらない。この目茶々々さもたまらない。
(texted by brary)

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白鳥・喬太郎 デンジャラスアンドミステリアスナイト/イイノホール/2007/3/12

わずか二日前のことなのに、演目が思い出せない・・・。思い出したら追加します。喬太郎の一席目、よかったはずなのに。
白鳥という人は大好きなのですが、落語はどうしてもちょっと。なぜかと考えると、彼はボケとつっこみをひとりですべてに対してやるからで、ボケだけでスカっと抜いてほしいところをまた繰り返す。これがくどい。最初はよいのですが、段々に疲れてしまうのです。お好きな方には申し訳ないけれども。
たとえば漫才に近い感じ。漫才はだいたい15分ぐらいです。なので、白鳥の落語もそのぐらいならばちょうどよいかもしれない。30分はつらい。

なので、ふたり揃うと喬太郎の「間」が引き立ってしまいます。それと喬太郎の面白さは距離感にあります。ものごとに対する批判的、シニカルな目線が、構造としてしっかり立っている。なので、多少それそうになっても軸の中に戻ってくる安定感があります。(texted by brary)


《演目》
トーク     白鳥・喬太郎
             喬太郎
給水塔の幽霊    白鳥
~中入り~ 
与太郎カーナビ   白鳥
竹の水仙       喬太郎

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立川志らく独演会~昭和の三大名人に挑戦/ブロッサム中央会館/2007/3/9

《演目》
○開口一番   志ら乃
○心眼      志らく
~中入り~
○お直し     志らく
○双蝶々     志らく

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March 01, 2007

末広亭2月下席/2007/2/28

○昼席
らくだ    南喬

○夜席
高砂や   市馬
七段目   雲助
佐野山   権太楼
    

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