神話の力/ジョーゼフ・キャンベル/今のイラクとアメリカに必要なこと
ついにイラクで民間日本人の人質が出てしまいました。なんていやなニュース。外務省職員すら守れなかった日本政府です。民間人なんて守れるわけがありません。「そんなあぶないところに行くのが悪い」みたいな論調もありましたが、とんでもないです。自国の民間のボランティアも守れなくて、イラクの人々を救おうなんてちゃんちゃらおかしい。1975年にレバノンで内戦が勃発したとき、日本の大使館は民間人を置いて自分たちだけ逃げた、という実績があります。商社の駐在員や、NHKの職員たちはみな家族とともに自力で脱出したのです。このことについて書いた本があったと思うのですが、一晩探して見つからないので、引き続き探してみます。
代わりに私のいちばんかもしれない大切な本を紹介します。アメリカの哲学者/神話学者であるジョーゼフ・キャンベルの考えを、やはりアメリカのジャーナリストビル・モイヤーズというすばらしい編集者がまとめたものです。ちょうど、釈迦や芭蕉の思想を弟子たちが、まとめたようなものです。
なぜこの本がこのタイミングで出てくるかというと、最近読み直してみて、アメリカ建国時の思想が、今の現ブッシュ政権とはあまりにもかけ離れている、ということに愕然としたからです。
ジェファーソンをはじめ、合衆国建国の祖たちは、フリーメンソンの思想をそのまま、理想の国造りに生かそうとした、きわめて理性的な人々でした。それは1ドル札に描かれているピラミッドとその上に君臨する「目」(理性の象徴)によって表されています。
モイヤーズ こうして話しているあいだにも、ベイルートでの自動車爆破のニュースがつぎつぎと聞こえてきます。イスラム教徒がキリスト教徒をねらい、キリスト教徒がイスラム教徒を、キリスト教徒がキリスト教徒をねらう。(中略)この事実は先生になにを告げていますか?
キャンベル それが私に告げるのは、彼らはその宗教的な理想を現代生活に、また、自分らの社会だけでなく一般人類に、どう生かしたらいいかを知らないことです。これは現代の世界に対して宗教の働きかけが失敗した恐ろしい実例です。三つの神話体系が徹底的に争い合っている。(かなり大幅に略)
そういうわけで、私はアメリカ合衆国の国章のなかにこういう象徴的な二つの三角形が組み合わさっているのを見たとき、突然気がついたのです。ここには最初の十三州を表す十三の点があるだけでなく、六つの頂点があると。ひとつは上、ひとつは下、そしていわば東西南北の四方にひとつずつ。それは、上からも、下からも、羅針盤のどの点からも、創造的な言葉を聞くことができるという意味ではないかと思いました。これこそデモクラシーの偉大な原理です。どんな人間の理性も真実から切り離されてはいないのだから、どこに住む誰であろうと発言できる。真実を語ることができる。それがデモクラシーの考えです。必要なのはただ、情念から抜け出して語ること、それだけです。(中略)
ところで、私が子供のころ、ジョージ・ワシントンの退任演説を与えられて、全体を要約するように言われました。ワシントンは、「われわれは革命を起こした結果、混沌たるヨーロッパ情勢への関わりから脱出することができた」と言いました。彼の最後の言葉は、われわれアメリカ人は外国と同盟関係を結んではならない、ということでした。そう、アメリカは第一次世界大戦まで彼の言葉を守りました。そのあと、私たちは独立宣言をキャンセルして、イギリスによる地球征服に加担したのです。だからいま、私たちはピラミッドの片側にいます。一から二へと移動したのです。アメリカはいま、政治的にも、歴史的にも、議論の一方の側だけにくみしています。頂点の目のあの原理を代表してはいないのです。そして私たちの関心のすべては経済や政治に関することであって、理性の声や響きに関することではない。
この対談は1985年から1986年にかけて行われたものです。世界はこの20年間でいったい何をしてきたのか?アメリカの人たちは、自分たちの父祖が造り出した1ドル札をもう一度よく見て考えるべきです。そして日本人はこの混沌とした世界の中でいったい何ができるのか、自分の頭と心で問い直してみるべきです。この本にはもっといろいろなことが(たとえばあの有名なチーフ・シアトルの手紙や、ジェイムス・ジョイスのフィネガンズ・ウェイクや)書かれているのですが、2004年4月9日の時点で読むべきは、この一節だと私は信じます。(li)
*『神話の力』ジョーゼフ・キャンベル+ビル・モイヤーズ/早川書房


Comments
(URLは海外で配信された3人の動画・・・泣き叫び、命乞いをしているようです)
イラクへの自衛隊派遣と、今回の跳ねっ返り向こう見ず自称「人助け」自己満足肥大アマちゃんが向こうで拉致されてしまったことは、本来別個の事象でしょう。
そういうリンケージにうかうか乗ってしまうあたり、テロリストの目的は達せられたというべきか。
あそこは戦場なんです。
危険な所に行くとなれば、出来る限りの安全確保を考え、連絡手段や緊急待避の手だてを講じる、当たり前の事が出来てないわけです。
私も多少のボランティア経験を持ちますが、「まず、自分の身の安全を確保し、被害者や足手まといにならない事」を徹底的に言われました。
自分自身の安全が確保できなければ二次災害を引き起こし、さらにその救援や後かたづけのために人員や資源が割かれる、
それは目的が崇高であっても、本末転倒の結果をもたらすだけである、
それは自分たちのみならず、援助を受ける側にも迷惑をかけることになるのだと、繰り返し言われたのを思い出します。
何かがあったら、誰かが助けてくれる・・・日本ならそうかもしれないけど、生憎世界はそうでない部分も多々ある・・・たかが800kmしか離れてないかの共和国で行われている事を見れば容易にわかるはずですが。
そしてそれらが読めなければ「行かない」という選択を出来ずに、
ずるずると引きずられ、結局こういう目に遭うわけです。
まあ実は自衛隊の派遣も同じようなものじゃないかという気はするのですが。
。。。実際、彼らの「武装」など、現地においては無いも等しく、とても「自衛」など出来る物じゃないわけで。
とてもじゃないけど、本当にまともに計画してやったことか?と疑問符は多々つけられるのですが。
回転ドアの問題と同じで、何かがあるとすぐに「責任を!」などと叫び、事態を引き起こした根本的な原因
・・・子供を危険な場所に無防備に連れ出すこと・・・
が隠蔽されてしまう事が、こういう本末転倒な議論を呼び起こすのでしょうか。
自衛隊派遣に反対する、まさに同じ理由で、
連中を救うために活動するのはまっぴら御免だし、(私らの払った血税だ!)
それで救出のためにさらに人の命や財産が失われるなら、
彼らがやった「イラクでの善行」など、すべて吹っ飛ぶことでしょう。
Posted by: 天婦羅★三杯酢 | April 10, 2004 at 08:12 PM